“眠らせるだけ”じゃない 麻酔科医の本当の役割とは?
こんにちは。医療ライターの横井です。
今回は、先日行った取材の裏側を少しご紹介しながら、あまり知られていない「麻酔科医」の仕事についてお話したいと思います。
普段あまり意識することはありませんが、実は麻酔と私たちの関係は、切っても切り離せないものです。
体にメスを入れる手術はもちろん、病気を調べる検査や歯の治療など、私たちはさまざまな場面で麻酔の力を借りています。
もしも麻酔のない世界で、意識があるまま外科医が「メスをください」とメスを手にしたら……。
考えただけでもぞっとしますよね。
それほど大切な麻酔ですが、その専門家である麻酔科医の仕事を、はっきりイメージできる人は多くありません。
せいぜい、「手術中に患者を眠らせる人」というくらいの認識ではないでしょうか。
それも無理はありません。麻酔科医が患者さんと顔を合わせるのは、手術の直前だけというケースも多く、術後にはもう姿が見えないこともあります。
患者さんからすれば「眠る直前に紹介され、目を覚ましたらもういない」存在として、印象が薄くなるのも当然です。
しかし、麻酔科医は「患者を眠らせる人」ではありません。
むしろ、手術中に患者さんの命を預かり、全身の状態を管理しながら、外科医が手術に集中できるよう支える“手術の水先案内人”ともいえる存在です。
麻酔は万能ではありません。患者さんの体が感じる痛みの強さは一定ではなく、麻酔科医はその変化に合わせて麻酔を微調整し続けています。
麻酔が弱すぎれば効果が足りず、強すぎれば呼吸や血圧など、体の機能が抑えられすぎてしまいます。だからこそ、常にそのバランスを見極め、最適な状態を保つことが求められるのです。
加えて、手術中に起こる突発的な出来事にも対応するのが麻酔科医の役割です。
血圧の急激な低下、心拍の異常、呼吸の異常、大量出血、薬へのアレルギー反応……こうした状況にいち早く気づき、即座に対処するプロフェッショナルでもあります。
まさに麻酔科医は、チームの中で全身管理を担う、極めて重要な役割を担っています。
患者さんの安全を守る司令塔として、手術全体をプロデュースしているのです。
そんな麻酔科医のひとり、東京女子医科大学医学部麻酔科学分野教授の長坂安子先生に、先日お話をうかがいました。
特に印象に残っているのが、ある手術中のエピソードです。
お腹を閉じるタイミングで筋弛緩薬の効果が切れかけ、外科医が縫合に苦戦していたときのこと。
長坂先生は、それにすぐ気づきました。しかし、術後の安全を考えると、ここで薬を多く使うことは望ましくありません。
そこで、通常は1mlずつ使う薬を、あえて0.5mlだけ点滴に混ぜたそうです。
しばらくして、縫合が楽になった外科医がふり返り、静かに「ありがとう」とつぶやいた――そんなエピソードを話してくださいました。
0.5mlの判断に、麻酔科医の経験と判断が凝縮されている--。まさに、プロフェッショナル同士の粋なやり取りに鳥肌が立ちました。
私自身、麻酔科医の仕事について、ここまで深く知る機会はこれまでありませんでした。
この記事を通して、少しでも多くの人に「麻酔科医がどれほど重要な存在なのか」を知っていただけたらうれしく思います。
長坂先生への取材記事は、こちらからご覧いただけます。ご興味があれば、ぜひご一読ください。
https://www.doctor-agent.com/service/career-column/2025/202505