事務所なし、マネジャーも付き人もなし。橋田寿賀子先生の大御所ぶりがすごかった

Pocket

 

こんにちは、医療ライターの横井です。

 

ありがたいことに、これまでたくさんの著名人の介護歴や終活を

取材させていただく機会がありました。

 

数多くの印象に残るインタビューがあるのですが、

今日は、脚本家・橋田寿賀子先生に取材させていただいた時に、

衝撃だったエピソードをご紹介させていただきたいと思います。

 

『おしん』『渡る世間は鬼ばかり』『春日局』など、

NHK大河ドラマや朝の連続テレビ小説を始め、

脚本を書いたドラマは単発219本、連続102本(テレビドラマデータベース)という、

歴代脚本家の中でも屈指の作品を世に送り出してきた橋田寿賀子先生。

 

 

 

 

年齢を重ねても筆の勢いは衰えず、

取材時はちょうど、『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)

という本が話題になっていた頃でした。

 

介護雑誌で橋田先生のインタビューをすることになり、

さて、アポイントを取らないと…となった時、びっくりすることがわかりました。

あれだけたくさんの仕事をこなし、メディアにもたびたび登場されているにも関わらず、

橋田先生は事務所やマネジャーなどを一切、持ってらっしゃらなかったのです。

 

理事長を務める「橋田文化財団」はありますが、先生個人の活動の窓口ではありません。

橋田先生に連絡を取る唯一の手段は、なんと「ご自宅の電話」だけとわかりました。

 

 

通常、著名人のアポ取りでは、事務所を通すのが一般的。

中には、出版社やテレビ局、大学などを通して依頼するパターンもありますが、

ともかく何らかの”組織”を経由して依頼し、

ご本人に会うのは取材当日のみ、ということがほとんどです。

 

ある程度の名前を知られた方で、事務所等を通さず、ご本人と直接やりとりするのは、

異例中の異例。

 

「大御所、橋田先生のご自宅に、突然のテレアポ!?」

と思い、戸惑ったのですが、そこはインタビューをしたい一心で、

恐る恐るご自宅に電話をかけると……、

「はい、橋田です」

まさかの(!?)ご本人の応答でした。

 

 

 

そこからなんとか奇跡的にインタビューのお願いを取り付けることができ、

迎えた取材当日。

 

橋田先生は、

 

今は、”孤独”であることに幸せを感じていること。

欲しいものは、”治す医療”ではなくて、

”静かに見送ってくれる医療”であること。

自分は”2流”の人生を歩んできたと思っている。

 

などたくさんの思いを語ってくれました。

 

92歳にして現役で脚本や書籍を執筆し、

その日もインタビューの後はテレビ朝日系『徹子の部屋』の収録を控えるなど、

年齢を感じさせないパワフルさと年齢以上の思慮を秘めていた橋田先生。

 

穏やかな物言いの中にも、世間に対する眼差しは鋭く、

ただただ、感服するばかりの1時間でした。

 

ちなみに、インタビュー終了後の出来事。

雑談をしていると、テレビ局の人でも出版社の人でもなさそうな、

橋田先生のお連れ様がおひとり。

「やっぱり付き人がいたんだ」と思ってご挨拶したら、

なんと昔、旅の途中で知り合ったご友人が、心配して付き添ってくれたのだとか!!

あっぱれです! 橋田寿賀子先生!!

事務所や組織に属さない、

ある意味で、”究極のフリーランス”の姿と心を打たれてしまいました。

 

医療ライターとして活動する中で、”介護”や”終活”に関する話題を

取材させていただく機会が増えました。

「どうやって人生の幕を閉じるか」を考えることは、

「どうやってよりよく生きるか」を考えることと

同じだなと日々、感じています。

医療、介護、福祉に関するインタビュー、取材でお手伝いできることがありましたら、

お気軽にお問い合わせくださいね。

 

読んでいただきありがとうございました!